日産自動車株式会社は2025年5月13日、経営再建計画「Re:Nissan(リニッサン)」を発表しました。この計画では2026年度までに自動車事業の営業利益およびフリーキャッシュフローの黒字化を目指し、固定費と変動費で計5,000億円のコスト削減を実施するとしています。
日産自動車の概要と歴史
日産自動車は1933年に設立された日本を代表する自動車メーカーの一つです。本社は神奈川県横浜市西区に置き、現在の社長はイヴァン・エスピノーサ氏が務めています。同社は長年にわたって技術革新を追求し、特に電気自動車「リーフ」の開発では世界をリードしてきました。しかし、近年は厳しい経営環境に直面しており、2025年3月期の純損失は6,709億円となり、2000年3月期の過去最大赤字6,843億円に迫る水準となっています。
今回発表された「Re:Nissan」は、ビジネス環境の変化に迅速に対応できるスリムで強靭な事業構造の実現を目指す包括的な経営再建計画です。新たなマネジメント体制のもと、目標や主要な取り組みについて見直しを行い、確実な事業回復に向けたさらなる取り組みを実行するとしています。
深刻化する経営危機と経営陣の大幅刷新
日産の経営危機は数年にわたって深刻化してきましたが、2025年3月期の業績は特に厳しいものとなりました。純損失6,709億円という巨額の赤字は、2000年3月期の過去最大赤字6,843億円に迫る水準で、負債総額は企業が自力で再建可能な水準を超えつつあり、独力での再生は困難な段階に入っているとの指摘もあります。
この危機的状況を受けて、日産は2025年3月11日に新経営体制を発表しました。同日に開催された取締役会において、4月1日付の代表執行役および執行役とその担当業務が決議され、現在チーフ プランニング オフィサーを務めるイヴァン・エスピノーサが、内田誠の後任として代表執行役社長兼最高経営責任者(CEO)に就任することが決定されました。

エスピノーサCEOは新体制発足後、「日産は直面する2024年度の厳しい業績、変動費の上昇、不透明な市場環境に対応するため、私たちは迅速に自己改善を行い、より販売台数に依存しない収益性を目指します」と述べ、抜本的な構造改革への決意を示しています。
ホンダとの経営統合協議が破談に至った経緯
日産の経営危機が深刻化する中、2024年12月には日本の自動車業界に大きな衝撃を与える発表がありました。日産とホンダが経営統合に向けた協議を開始すると発表したのです。当初、両社は持ち株会社を設立し、それぞれがその傘下に入る形での統合を検討していました。
しかし、協議は開始からわずか1カ月半で暗礁に乗り上げることになります。関係者によると、ホンダ側が従来の持ち株会社傘下に2社が入る形ではなく、日産を子会社化する案を日産に打診したことが決定打となりました。ホンダは、株主や従業員をはじめとしたステークホルダーからの信用を失わないためにも、日産に統合の条件として自主的な経営再建を要求していましたが、日産が示したリストラ計画案では工場閉鎖などの踏み込んだ施策が含まれておらず、ホンダ側は「踏み込み不足」と捉えていました。
日産側は一貫して「対等な立場での統合」を求めており、子会社化の提案に対して強い反発を示しました。日産幹部は「子会社化は到底受け入れられない」と述べ、社内で反発が高まりました。
2025年2月5日午後に開かれた日産の臨時取締役会で、経営統合の協議打ち切りが提案され、ホンダとの経営統合を白紙に戻す方針が確認されました。翌2月6日午前、日産の内田誠社長(当時)がホンダ本社を訪れ、三部敏宏社長に「子会社化案」への反対意見を伝え、事実上の協議打ち切りを通告しました。
そして2月13日、両社は正式に統合協議の終了を発表しました。両社は統合を撤回した理由について「意思決定、経営施策実行のスピードを優先するため」と説明しましたが、実質的には経営統合の方式や日産の事業再生計画を巡り、両社の考え方の溝が埋まらなかったことが原因でした。
この破談により、世界第3位の自動車メーカー誕生という構想は幻に終わり、日産は自主再建という茨の道を歩むことになりました。市場関係者からは「日産が存続する可能性が低くなった」との厳しい見方も示されており、今回発表された「Re:Nissan」は、まさに日産の命運をかけた最後の賭けとも言える状況となっています。
Re:Nissanの3つの柱
CEOのエスピノーサ氏は「日産は直面する2024年度の厳しい業績、変動費の上昇、不透明な市場環境に対応するため、私たちは迅速に自己改善を行い、より販売台数に依存しない収益性を目指します」と述べています。Re:Nissanは「コスト削減」「戦略の再定義」「パートナーシップの強化」の3つを柱とした現実的な実行計画として位置づけられています。
変動費削減で2,500億円の効率化
変動費削減では、2,500億円の削減を目指します。エンジニアリングとコスト効率を向上させ、厳格なガバナンスで本取り組みを推進するため、TdCトランスフォーメーションチーフの下に各部門から集められた約300人のエキスパートで構成するTdC改革オフィスを設置し、コストに関する意思決定を行います。
注目すべきは、先行開発や2026年度以降の商品の開発を一時的に停止して、3,000人の従業員がコスト削減活動に集中的に取り組むことです。ただし、開発期間を短縮するプロセスを迅速に適用することで、商品の市場投入を遅らせることはないとしています。
また、サプライヤーパネルを再構築し、より少数のサプライヤーでより多くの量を確保することで、非効率さを排除し、従来の基準を見直していきます。
固定費削減と大規模な構造改革
固定費削減では、2,500億円の削減を目指します。最も大きな影響を与えるのが生産の再編と効率化で、車両生産工場を2027年度までに17カ所から10カ所に統合します。これにより7つの工場が閉鎖されることになります。パワートレイン工場についても見直しを行い、配置転換や生産シフトの調整に加え、設備投資も削減します。
象徴的な事例として、北九州市におけるLFP(リン酸鉄リチウムイオン)バッテリー新工場の建設中止が挙げられます。これは今後の電動化投資の抑制姿勢を明確に示すものとなっています。
人員削減については、2024年度から2027年度にかけて計20,000人の人員削減を行います。この中には発表済みの9,000人の削減も含まれており、対象にはグローバルに生産部門、一般管理部門、R&D部門の直接員、間接員、および契約社員も含まれます。販売費と一般管理費においても、シェアードサービスの範囲を拡大し、マーケティングの効率向上を推進します。
開発プロセスの抜本的刷新
開発面では、エンジニアリングコストの削減や開発スピードの向上を図るため、開発のプロセスを刷新します。グローバルでR&Dのリソースの合理化を通じて、平均の労務費単価を20%削減することを目指します。
プラットフォームの統合と最適化も進め、部品種類を70%削減するとともに、プラットフォームの数を2035年度までに現在の13から7に減少させます。開発期間についても、リードモデルの開発期間を37カ月、後続モデルの開発期間を30カ月へと大幅に短縮する取り組みを進めています。
この新しい開発プロセスで開発される車種には、新型日産スカイライン、新型日産グローバルCセグメントSUV、新型インフィニティコンパクトSUVが含まれると発表されています。
市場戦略と商品戦略の再構築
市場戦略では、収益ある成長を確保するために、開発リソースをコアビジネスに集中させる方針です。商品戦略は市場とブランドに焦点を当てて再構築し、革新的な取り組みを加速してお客さまにより魅力的な商品を届けるとしています。
新たな戦略は、日産ブランドの鼓動を具現化したアイコニックなモデルを中心に、収益や成長に貢献する量販モデル等によって構成されます。
地域別戦略の明確化
市場戦略では米国、日本、中国、欧州、中東、メキシコを主要市場として位置付け、他の市場についてはそれぞれの市場要件にあわせたアプローチを行います。
米国では、ハイブリッドなど急速に拡大するセグメントへの対応や、日産ブランドとのシナジーを通じたインフィニティブランドの再生に取り組みます。日本では、モデルカバー率を拡大してホームマーケットにおけるブランドを強化します。
中国では複数の新エネルギー車(NEV)を投入し、市場でのパフォーマンスを強化します。また、中国からの輸出により多様でグローバルなニーズに対応します。欧州ではB/CセグメントのSUVに集中し、ルノーグループや中国でのパートナーシップを活用してラインアップの拡充を進めます。
大型SUVを中心に販売する中東では、中国からの供給についても検討してラインアップの競争力を高めます。メキシコは重要な輸出ハブとしての役割を果たしながら、収益と成長に大きく貢献する市場として位置づけています。
パートナーシップの強化による事業拡大
日産はパートナーと協働して商品ポートフォリオを補完し、各市場で固有のニーズに応えるモデルを提供する方針です。アライアンスパートナーであるルノーおよび三菱自動車とはいくつかのプロジェクトが進行中です。
三菱自動車との協業では、先日発表された次期型「日産リーフ」をベースとした北米市場向け新型電気自動車(BEV)や、2025年度に市場投入予定のフィリピン向けの新型バンで協業します。また、日産とホンダは自動車の知能化・電動化における戦略的パートナーシップの枠組みにおける連携を継続します。
業界への影響と今後の展望
今回の発表は、単なる一企業の問題にとどまらず、日本の自動車産業全体に大きな影響を与える可能性があります。日産は日本を代表する自動車メーカーであり、約1万9,000社に及ぶ取引先を抱えているため、各地で進む工場閉鎖は地域経済に大きな打撃を与え、地域の空洞化を加速させるリスクが指摘されています。
エスピノーサCEOは「Re:Nissanでは、会社の置かれた現状を全面的に精査し、業績回復のための必要な取り組みを明確にし、具体的な実行スケジュールを策定しました。目標は非常に高いですが、実現するための戦略と取り組みは明確です」と述べ、計画の着実な実行により業績回復を図る決意を示しています。
この経営再建計画「Re:Nissan」は、日産自動車の存続をかけた重要な転換点となる可能性が高く、自動車業界全体の構造変化を象徴する出来事として注目されています。2026年度までの黒字化達成に向けて、計画の進捗状況が継続的に注視されることになるでしょう。
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